No.27 夕日に染まる町の呪い(ユメミタ)

不安から安心
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その夢の中で、私は書生のような服を着ていた。隣には私の「友人」であるらしい軍人の男が立っている。友人とは言っても私より何歳か年上のようだ。世界がオレンジ色に染められたような夕方の景色。「なんて美しいのだろう。」と、思っていると、遠くで小さい女の子の叫ぶ声が響いた。
映像は花魁の女性に変わる。その女性は美しく川へ入水し、きっぱりと自分の意思で人生を終わらせる。そんな場面を見させられる。未練などはなさそうで、最後まで凛としていた。夕日に輝く水の中へと歩いていく。目の前で人が自分の人生に終止符を打とうとしている。いくら未練はなさそうだとしても、見過ごせなかった。
「君!何をしているのだ!!」と私は叫び川に入った。しかしどうやら、今見ている風景と言うのは夢のさらに夢の中のようで、花魁には触れられなかった。私は「そっちに行ってはならない!!」と必死に叫んで目を覚ます。
目を覚ますと言っても、夢の中で目を覚ました。それから軍人と何気ない日常を過ごした。軍人の格好をした男は、寡黙なわけでもなく、かといって愛想が良いわけでもない、真面目な青年だった。私も軍人も小さな町の中で互いにしか仲の良いものが居なさそうだった。
そして、夢の中でまた眠りにつく。
また夢を見た。花魁の夢の時の様に人が自ら命を落とす夢だ。和服を着た豪快な男。よく笑い悩みなんてなさそうに見える。だらしの無い格好をしている。しかし、死の直前に何かの使命に取り憑かれたように一瞬真顔になり、普段の豪快さを失う。まるで未来を見据えるような澄んだ瞳を見せた後、オレンジ色の夕日が照らす川へ飛び込んだ。
飛び込む背中に悔いが感じられない程、清かった。私はまたしても叫び、彼を止めようとするが、止められない感じを見ると、これもきっと夢の中なのだろうと悟った。私はまた、夢の中で目を覚ました。
次の日、私と軍人は軍人の“師匠”である老人の家へ訪問する事になっていた。家を訪ねたが丁度入れ違いだったようで、師匠の妻から「家へ上がってお待ち下さいな。」と言われ、お言葉に甘えていた。どうやら師匠は散歩へ行ったらしい。師匠の妻が淹れてくれたお茶と、茶菓子をいただきながら、軍人に夢の内容を説明した。
「最近変な夢を見る。毎回私の知らない誰かが、川で自殺をしようとするのだ。そして必ず夕日が照らす川へと入っていく。周囲はオレンジ色に包まれていて、綺麗なのだ。いやー、不思議なことがあるものだな。」と、私は楽観的に話していた。
軍人は私が喋り終わるまで一言も喋らなかった。私と目を合わせるわけでもなく、師匠の妻が淹れてくれた冷めかけのお茶を眺めていた。私が話し終わると「そうか。」と、一言だけ呟いた。
結局師匠には会えず、お茶をご馳走になっただけで帰った。軍人とは途中の道で別れた。私は、「それじゃあ、また明日な!」と手を振ったが、軍人は少し落ち込んだ様子で会釈をした。
その夜、私はまた夢を見た。
あれは、軍人の“師匠”である老人だ。師匠は、綺麗に着付けされた和服の上に羽織を身に着けていた。縁側でオレンジ色の夕日が浮かぶ空を見上げている光景で、実に穏やかだった。
次の日、 師匠に会えなかったからと、改めて師匠家へ訪れようとしている道中、軍人にその夢の話をすると青ざめた。とても具合が悪そうだった。一歩一歩師匠の家に近づくたびに、軍人の具合は悪くなっていった。
私は「今日はやめておこう?具合が凄く悪そうだ。」と何度も言ったが、軍人は「いや、大丈夫だ。」と、頑なに帰ろうとはしなかった。師匠の家につくと、師匠の妻が「主人が居なくなった!」と飛び出してきた。その手には、実に愉快そうな文脈の遺書があった。まるで子供が書いたような文字と文章だった。
私は(軍人の師匠は厳しい人と聞いていたが、子供のような人物なのか?)と不思議に思う。軍人は、その遺書を見てすぐに走りだした。急いで私も続く。軍人は血の気が引ききっていた。歯をガタガタ震わせながら走り、目は正気が失われているように感じた。
軍人に引き離されないよう、必死についていった先はこの町に流れる大きな「川」だった。川には高い土手があり、緑が生い茂る。遠くに、1人の老人が川で泳ぐ姿が見える。老人は流れがはやく、そして深くなる方へと向かっている。
「師匠!!」と軍人が叫び、高い土手から滑るように川へ降りた。私も急いで軍人の師匠である老人の元へ行く。しかし、あっという間に師匠は川へ飲み込まれた。最後まで子供のように楽しそうな表情を浮かべ、まるで本人が死を望むように、とても満足そうな顔をしていた。
「ああああ!」と叫び、師匠が飲み込まれた場所へと近づく軍人の腕を掴み「馬鹿者!後を追うな!」と、私は必死になって岸へと軍人を連れていく。その場で崩れる軍人。ふと周りを見渡すと、町はオレンジ色に染まっていた。大きな夕日が見える。
(これは、私が見た夢と一緒じゃないか。あの花魁や、男のように、これもまた夢なのだ!目覚めろ!!!)と強く念じたが、目覚める事はなかった。現実なのだ。
次の日、地域のものが集められた。老人の死についてだ。あの後、老人の遺体が見つからないらしい。我々も昨日、すぐに警官に知らせて周辺を捜索した。しかし深夜になっても見つからない為、家へ返された。本日は昨日とは違い、地域住民総出だ。しかし、軍人の姿は無かった。無理もない。
私達は警官にチーム分けをされ、そのチームで捜索する事になった。朝から調査し始めたが、一向に見つかる気配はない。夜まで探したが見つからず、解散の頃にはポツポツと雨が降っていた。チームの何人かは、神隠しだと言うものがいた。
解散後、小雨が降る町の中で軍人とばったり会った。私は「昨日の事は現実だったのだろうか。神隠しと噂されているが、本当なのだろうか…。」と、軍人にそのような話をした。軍人はガタガタと震え、その場に倒れた。近くにいた警官に助けてもらいながら、軍人を家まで運ぶ。
先日、私がオレンジ色の夕日の話をしてから様子がおかしくなった事もあり、責任感を感じて、その日は軍人の家に残って世話をした。しかし私も朝からの捜索で疲れており、眠ってしまったらしく、目覚めた時には軍人が机に向かっていた。蝋燭の光のもとで何かを書いている。
「どうしたのだ?」と、問うと「俺は先が長くない。」と言い出した。そして何度も謝ってきた。「すまない。」と私に背中を向け震えながら。その書き物はどうやら遺書らしい。一瞬しか文字が見えなかったが、家族や私に向けて書いているように見えた。何があったかと聞くと、軍人は真剣な表情をして振り返る。
「今から実にバカらしい話をする。信じてもらないだろうが…。」と、ゆっくり語り始めた。
「オレンジ色に町が染まる夕日の日、人が神隠しにあう。神隠しにあう者は、人から人へと受け継がれる。夕日の呪いだ。師匠も呪われた者だった。」と、時に悔しそうな顔をしながら語る。急な話にポカーンと口を開ける私を見て、軍人は続ける。
「お前は知っているか?俺の師匠は昔、ある男に養子にとられた。男はよく笑い、町の人気者だったそうだ。しかし、その男には妻がおらず、男手一つで師匠を育て上げた。師匠は大きくなり、その男からある話を何度も聞かされていた。」
「『身請けすると約束していた花魁が、別の男に身請けされた。自分は情けない事に今でも未練がある。』と。」私は「それで?」と問うと、軍人は一息ついてまた語り始めた。
「花魁はその後、入水自殺を起こした。オレンジ色の夕日が綺麗な日、川で死んでいったと、町中で噂になっていたらしい。死体は見つからず、その話を耳にした男は後悔しながら生きてきた。一生妻を取らなかったのもそのせいだと。」
「男が惚れた花魁は、生前よく不思議な話をしたという。『記憶に残り続けたければ、オレンジの日を待て、夕日が綺麗な日は、死ぬに丁度良い日だと言われている』と。」
「花魁である彼女が幼い頃、母親から聞いた話らしい。そしてその話のように、彼女の母親は、町がオレンジ色の夕日で染まる日、彼女の目の前で入水し、消えたのだ。神隠しにあったかのように。水に沈み、浮かび上がることは無かった。」
「母と2人で暮らしていた彼女は、その後生きる為に身を売った。そして男と出会い、その話を男にしたのだ。『誰も信じない神隠し。貴方は信じてくれる?』と。そんな不思議な話をする花魁に男は魅了された…。」ここまで話すと、軍人は私の方に目線をやる。私はその目線が「ここから先はお前が考えろ。」と言っているように見えた。
記憶から記憶へと移されていくオレンジ色の夕日。花魁の母から花魁へ。花魁から男へ。男から軍人の師匠へ…。私は今まで見てきた夢がこれらの流れと同じだとようやく気がついた。そして軍人へ視線を返して頷いた。軍人は、「こんな話は嘘っぱちだと思う。そう思うのに、お前の夢の話や師匠の事もあって、ずっと頭から離れない!」と、頭を掻き毟る。
「オレンジの夕日の話にとりつかれる様になった者は、だんだんと自分を見失い、最後には現実か夢かどうかも分からなくなり、オレンジ色の夕日に迎えられるのだ。お前があの夢の話をした時ギョッとした。誰にもずっと言わなかったのに。」
軍人は立ち上がり、私の方に手を置いて「なぜ、お前がそれを夢で見たのか!」と、心配と怒りに混じった表情で怒鳴った。どうやら私がその夢を見る前に、軍人は師匠から男の話や花魁の話を聞いていたらしい。
その時には「また師匠の作り話か。」と、冗談まじりで聞いていたらしいが、何も知らない私が夕日の夢の話をしてから、だんだんとその事ばかりを考えるようになったそうだ。
そして、師匠の死が軍人の中で「呪い」の存在を確定付けるものになった。私は、「その話を知ってしまい、互いに呪われたなら、助け合えばいいじゃないか?何か都合が悪いのか?」と、かなり楽観的だった。きっと夢の中の私という人物はかなりポジティブで、軍人はネガティブな人物なのだろう。
それから、軍人の家へ私は転がり込んだ。オレンジの夕日の話を知った我々が自分を見失わぬよう、互いに監視をする為であった。夢で神隠しにあった者たちの記憶を見た私。そして神隠しにあってきた人々の話を師匠から聞き、実際に見てしまった軍人。
はじめに様子がおかしくなったのは軍人だった。依存的で暴力的な雰囲気になったのだ。それも、常にではなく1日のうちに何度かそのような行動が見られた。本人はその時の事を覚えていないようだ。まるでその瞬間だけ誰かに入れ替わっているかのようだった。私は(その事を軍人に言うと不安になるだろう。)と、黙っておいた。が、軍人の「おかしな行動」は過激になっていく。
ある日、おかしくなった軍人に殺されかける。と言うのも、私が誰だかわかっていないらしい。いつも腰から大事そうにぶらさげている剣を抜き、私を切ろうとしたのだ。「なにをする!」と、彼を抑え込もうとするが、運悪く彼の剣が軽く私の腕に当たった。腕からは血が流れる。深く切られたわけではないが、背筋が凍る。
「本気で殺されるかもしれない。」
さすがの私も、命の危険を感じて必死に逃げた。もし本気で剣を振られたら、たまったものじゃない。急いで玄関へ走り、裸足で町へ飛び出した。私はそんな時でもやかましく「やめてー!しぬー!殺される~!」と、大声をあげながら町中を一生懸命に逃げた。逃げ足だけには自信があった。
おかしくなった軍人と私が、町中を追いかけっこしていた所を目撃した警官が止めに入る。軍人は取り押さえられ、私と一緒に取調室に連行された。私は腕に包帯を巻かれた後に事情を聞かれる。どう事情を話せば良いのか分からず、警官に対し「うーん…喧嘩ですかねぇ?喧嘩するほど仲が良いのですよ~。」とヘラヘラ語っていた。
すると、軍人がハッと我に返った。軍人はいつもの様に、おかしくなった時の記憶がなかったのだろう。今自身がどこに居るのか、机の上の剣、そして怪我をした私の腕を見て、始めて自分がすでに狂い始めていると知ったのだ。
第一声に「何故黙っていた。」と、冷たく言われた。私は、そんな時でも何故か楽観的で、「いや~、申し訳ない!しかし君、結構面白い性格しているぞ!」と笑っていた。軍人は私の腕を見る。そしてとても悲しい顔をしてうつむいた。軍人は、自身がおかしくなった事よりも私を傷つけた事を酷く悔やんでいるようだった。
そんな彼を見て私は(優しい奴だな。そんなお前と友人なんて嬉しいぞ!)と、思っていた。私は軍人の顔に手を置き、こちらを向かせ「大丈夫、何があろうと絶対守る。呪いなんて消してしまうからな!だって、私はこの町で一番の大馬鹿野郎だからな!呪いなんて効かぬ!無敵だ!」と謎の自信を持って、胸を張った。
軍人はキョトンとした顔をして「そうだな。」と笑った。
ここで夢から覚める。睡眠時間 2時間程度だったが、夢の中で長い時を過ごした気がする。
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